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help リーダーに追加 RSS 続・高校野球の話。

<<   作成日時 : 2008/07/27 23:49   >>

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“夏の甲子園大会”の各都道府県の代表校が、すべて決定した。
先日も触れたが、東東京大会で母校が勝ち進んでいて、今日が決勝戦だった。
準決勝でも勝ったことを知ったとき、かなり驚いた。
「こんな機会は、そうそうないだろう」
観戦するため、神宮球場へ足を運んだ。

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母校は過去にベスト4まで勝ち上がったことがある。
しかし、決勝戦へ進出したのは今回が初めて。
他の付属高校の中には、甲子園出場経験のある学校がある。
大学も野球が強いイメージがある。
対して、母校は野球の印象が少々薄い。
それだけに、学校関係者にしても、在校生や卒業生にしても、期待が大きかっただろうと思う。

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相手は、今年の春の選抜大会にも出場した強豪校。
試合は、1回に先制するものの3回に逆転される。
すぐに追いつくが、さらに大量点でリードされた。
以後は、返した点の分、また取られる展開。
点差が縮まらないまま、最終回を迎える。
最後まで粘り強く健闘したが、残念ながら涙を呑む結果となった。

投手は連投で、かなり疲れていたのだろう。
ボールが先行し、苦しい展開もあったが、よく1人投げきった。
他のナインも、最後まであきらめない意気込みがスタンドの上まで伝わり、とても好感が持てた。
甲子園に行けなかったことは残念だっただろうが、最後までよく闘ったと思う。
それは賞賛してあげたい。

勝ち負けだけがすべてではない。
今、単純に言われる“勝ち組”や“負け組”といった言葉に、ことさら左右されることはない。
とはいえ、世の中には「勝つ」とか「負ける」とかは存在する。
確かに、勝って得られるものは大きいだろう。
勝たなければ得られないものも、これまた確かにある。
でも、負けて得られるものも決して少なくない。
ただ、「負けても何かを得られた」と思えるのは、負けた後に再び立ち上がってこそ。
次につなげる気持ちが芽生えたとき、負けて得られたものにも気がつける。
ありがちな表現になるが、負けたままの気持ちで終わってしまうのが、本当の負けなのだ。

最後まで頑張った選手たち、応援を続けた生徒たちを見て、あらためて教えられたような気がした。

応援席で敗戦に涙を流す生徒がいた。
青春らしく、爽やかさを感じた。
選手も応援の生徒たちも、この日のことは何かしら心の中で財産となるだろうと思う。
次にまた頑張ってほしい。



ところで、母校の中でも高校には、思い入れがあまりない。
1年生のときに、学校生活に対して失望を感じることがあった。
そのときのことを、今でも割り切れない気持ちがする。
一方で、学年主任の先生や2,3年次の担任の先生のおかげで、いい思い出や感謝することもあった。
そして、大学で貴重な時間と仲間を得ることのできたのは、その高校から進学したからだと思うこともある。
高校に対しては、複雑な気持ちが入り混じる。

校舎が建て替えられ、制服が学ランからブレザーに替わり、男子校から共学になって、中等部もでき、
校歌が新しくなって、学校名も部分的に変わった。
卒業して20年以上も経つのだから、様々な面で変化するのは当然といえば当然だろう。
が、在校時代とまったく違う学校になった印象がし、それがさらに思い入れを小さくさせた。

しかし、今回のように学校の活躍を目にし、耳にすると、少なからず愛校心が湧いてくる。
今年の野球部の活躍は、自分も卒業生であることを、これまでよりも少し意識させてくれた。
良かったと思う。
ありがとう!

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