私の街 ~神田川

中野区内には、いくつかの川が流れている。
「神田川」、「善福寺川」、「妙正寺川」、「江古田川」。
今では以上になるものの、昔は他にも支流や農業用水路などもあったという。
南北に長い区だが、わりと起伏のある地形であることや川の流域に湿地が多かったことなどがうかがえる。
区内を流れる川の中でも、特に『神田川』は全国的にも有名な川であろう。
70年代にヒットしたフォークソングの『神田川』は、昭和の名曲の1つであり、今も愛され続く楽曲である。

「神田川」は、三鷹市の井の頭池を水源とし、途中で善福寺川と妙正寺川を合流する。
最後は隅田川に注ぐ一級河川で、流域に2市13区をもつ都内でも規模の大きい川である。
杉並区から流れ入る川は区内の南を横断するが、新宿区と接する辺りから向きを変えるため、
神田川は中野区と新宿区の境界線になる。

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今回訪れたのは、神田川に架かる大久保通りの末広橋。
神田川沿いは、遊歩道のようになっているところがけっこうある。
この付近も、中野区側は「神田川四季の道」と名付けられ、四季折々の花が咲く散歩道として整備されている。
写真は、一番上が末広橋の上流を写したもの。
新宿の高層ビルが見える。
一番下は下流を写したもので、向こうに見えるのは東中野の日本閣の跡に建設されているマンション。

以前は、この末広橋付近で桃園川という支流と合流していた。
今も末広橋脇に合流する開口部あるが、川の面影は薄い。
川は暗渠となり、その上は「桃園川緑道」となっている。
末広橋の脇の桃園川緑道が始まる辺りに、フォークソング『神田川』の碑がある。

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曲の『神田川』は1973年に発売された曲で、南こうせつさん、伊勢正三さん、山田パンダさんの
《かぐや姫》にとって最大のヒット曲となった。
今もイントロのバイオリンや南こうせつさんの歌声を聴いて、過ぎ去った日々への郷愁を感じる人は、
団塊の世代の人たちだけに限らないだろうと思われる。
私も高校生の頃に、この曲のレコードを購入して何度も聴いた。
私からすると時代が少し違うものの、何ともいえない切なさにも似た気持ちが残った。

実際の歌詞で描かれている舞台は、下流の新宿区の方だったという。
しかし、流域の中野区や杉並区にも、歌詞にあるような風景が昔はあった。
今では銭湯の数が減ってしまったが、『神田川』の情景はずっと残るような気がする。


若かったあの頃 何も怖くなかった
ただ貴方のやさしさが 怖かった

10代の頃は歌詞ということで、単に「そうなのかな?」と思ったが、
年を重ねると、この歌詞にズッシリとした重みを感じるようになった。





次回は、『町田』、または『鶴巻温泉』を予定しています(^-^)

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この記事へのコメント

2007年10月17日 19:39
少しご無沙汰をしました
今日の夕焼けは素敵でしたね 
ヴァイオリンのイントロから始まる切ない曲で
神田川がメジャーな川になったというのも
妙に面白いですね
青春の頃の思い出の舞台が善福寺公園や井の頭
初めて所帯をもったのが井の頭に近い吉祥寺
もっと古くは 大東橋のすぐ袂で育ち
小学校の入学は(国民学校でしたが)
今の北新宿 当時は柏木の学校でした
今は下流の小滝橋が春の桜の散歩道 
どうもわたしは神田川から離れられない人生を過ごしているようです(笑)
ウィンド
2007年10月18日 00:46
とんぼさん、いらっしゃい(^-^)
今日の夕焼けはきれいでしたね。
忘れてカメラを持ってなかったので写すことが
できませんでした(^^;
神田川にご縁があるのですね。
私の住まいの近くにも川が流れています。
周りの景色は変わっていきますが、川がそこに
流れていることで昔の景色も思い出されます。
時の流れを川に例えたりしますが、妙に最近
得心する気持ちです。