私の街 ~泉岳寺

昨年の12月第2週の《私の街》で、『万昌院功雲寺』を紹介した
こちらには「忠臣蔵」で知られる吉良上野介の墓がある。
一方、多くの人がご存知であろう。
浅野内匠頭や赤穂浪士の墓所は港区高輪の泉岳寺にある。
『泉岳寺』には思い出がある。
12月第2週の今回、12月14日に近いことから今年は泉岳寺を訪れた。

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都営地下鉄浅草線の泉岳寺駅で降りる。
泉岳寺に近い側の出口から表へ。
少し坂を登ると山門が見えてくる。
山門の向こうに高いマンションが見えるが、これにはビックリした。
ちなみに、その手前にある建物は私が通っていた高校の校舎である。
もう10年以上前になるだろうか?
校舎が建て替えられたため、覚えている景色とだいぶ変わった。
何にせよ、泉岳寺は高校生のときに馴染みがあった。

山門を入ると土産物屋が並ぶ。
昭和を思い出させるような店だが、赤穂浪士グッズなど、けっこう面白いものもある。

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土産物屋をすぎると泉岳寺の境内になる。
だが、手前を右に曲がると、その先に高輪学園という中学校と高校を併設した私立校がある。
進学校で、強いスポーツ部のある学校と聞く。
以前に書いたことがあるが、こちらの高校は受験だけした学校だった。
もし、こちらの高校に通っていたら、その後の私はどんな風に進路を選んだのだろうか?
想像がつかないが、“そこで選ばなかった選択肢”というのは、これまでの歩みの中でいくつかある。
選んだ道を進んだことで今があると思うと、何だか不思議な気持ちになった。

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こちらの高校の手前に細い路地がある。
進むと、高松宮邸の前あたりに出て、私が通った高校の正面が近い。
当初は通学で通った道だった。

「当初は…」というのも、しばらく後に通行しないよう言われたからである。
この路地は私道だったらしい。
マナーの悪い生徒がゴミを散らかすこともあって、苦情があったようだった。
そのため、通学は泉岳寺駅の反対の出口を使い、伊皿子坂へ迂回するように通わなくてはならなかった。
ところが、このルートは意外と時間を食う。
下校時ならともかく、遅刻しそうなときの登校時は困った。
そんなこともあって、登校時は学校の前に停留所があることから、五反田駅からバスを利用するようにした。

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赤穂浪士の墓所は、こちらから入る。
この日も、線香が多く供えられていた。

高校時代、12月になると線香のかおりを時々感じた。
境内の様子は木々の葉が遮って見えないが、秋から冬に葉が散ると少しだけ見えた。
線香の煙が見えたこともあった。

いわゆる「忠臣蔵」のお話は、私も好きでドラマがあると必ずといっていいほど見る。
高校生だった当時も、大晦日に日本テレビがドラマを放送した。
とても印象に残るドラマだったため、義士祭のときに泉岳寺を訪れたいと思った。
しかし、それは実現しなかった。
というのも、2学期の期末テストが毎年11,12,13日とあったからである。
その後は、試験休み。
テストが終わりとホッとしてしまい、すっかり忘れてしまったのだった。
学校の隣なのだから、通学定期もあることだし、もったいないことをしたと思う。

そういえば、泉岳寺の裏門が高校の隣の短大キャンパス内にあった。
在学当時、「もっときちんと保存をすればいいのに…」と思ったものだが、今はどうしているのだろう?

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厳密に言うと「元禄赤穂事件」のあった当時は旧暦のため、討ち入りのあった日は現在の1月になるという。
よって、現在の暦で12月14日を“討ち入りの日”というのは、本来なら異なるところである。
しかし、泉岳寺や赤穂の大石神社などでは現行の12月14日に「義士祭」が行われている。
「忠臣蔵」は後に作られたお話であり、いくぶん不明な点もあるものの、必ずしも史実と一致しない。
お話としては解釈のしかたによって様々な描かれ方がされ、面白く感じる。
一方、歴史上の出来事としても考察テーマが少なくなく、こちらも面白い。
お話の部分と史実の部分を混同してはいけないが、これからも心に残っていくと思う。





次回は、まだ未定です(^^;


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