私の街 ~中野刑務所跡

先々月に、『平和公園通りと中野刑務所跡』を紹介した。
そのときに『中野刑務所跡』のことで、子ども時代のことを思い出した。
今回は中野刑務所があった当時の思い出を書くことにする。

以前も書いたとおり、中野刑務所の跡地は法務局施設、下水処理場、平和の森公園になった。
「平和公園通り」沿いの法務局施設の入り口は、刑務所だった頃も入り口だった。
ここは、あまり当時と変わっていない。

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上の写真の右にポストがある。
今あるポストは新しいものだが、ここには昔からポストがあった。
よく刑事ドラマで刑務所の外側を歩くシーンがあったりする。
最近は東京留置所周辺でのロケが多いようだが、昔はここでもロケが行われたようだ。
残念ながら、撮影をしているところを見たことはない。
しかし、『太陽に吠えろ』でこの場所を見たことがある。
ドラマの最後のシーンで、ボスと長さんかゴリさんが会話するシーン。
「おちゃらけた会話になって、苦笑いのまま画面が止まる」という“お約束”シーンだった。
『太陽にほえろ』以外にも、『特捜最前線』や『大都会』でもロケが行われたことがあるかと思う。

下の写真の塀の高さは、今は3mくらいだろうか?
この塀も昔からあるものだが、刑務所移転後に低く改修された。
刑務所だった当時はもっと高く、倍以上の高さだったように覚えている。
高い塀が「平和公園通り」沿いに建っていて、夜は少し怖い感じがした。

中野刑務所内は、塀の外側を通ることができた。
刑務所の向こうに野方小学校があり、新井町に住む児童は刑務所を通り抜けて通学していた。
現在は、法務局施設内を許可なく立ち入ることはできない。
その代わり下水処理場との間に、通り抜けできる歩道がある。
両側に桜の木が植わっていて、春に満開になるときれいだ。

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この途中に、刑務所の塀の中に入る門が今も残っている。
レンガの門で風格を感じさせる。
現在、歩道がある部分は、昔は塀の内側になる。
私が子どもの頃は、この門の向こう側から中を見た。
通るたびに思うのだが、何だかとても不思議な感じがする。


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法務局施設の奥に、稲荷神社がある。
『宝樹稲荷神社』という。
由来については不勉強でよくわからないのだが、古くからあるらしい。
現在は許可がないと入ることができない。
しかし先ほども書いたように、刑務所時代に通り抜けができた頃は、その稲荷神社の横をよく通った。
現在は閉まったままだが、野方小学校側には小さな門が残っている。

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この稲荷神社については、小学生の頃に様々な噂がたった。
「稲荷神社の裏にお化けが出る」
「稲荷神社の裏に入ってはいけない」
「夜、稲荷神社の裏を見てはいけない」
などといったものである。
しかも、私が小学4,5年生の頃だったか、「口裂け女」が話題になった。
その目撃情報までもが噂されたのである。
実際、この場所を通るとき、稲荷神社の横を通ることから後ろ側が見えてしまう。
噂には半信半疑だったが、クラスには大抵この手の話を本当かのように話すお調子者がいるものだ。
しかも、これまた「見たことがある」などと言い出すお調子者もいたりする。
私は習い事でここを通ることがあったため、怖かったのを覚えている。
夕方から日暮れになると外灯が少なく、少々暗かった。
自転車のペダルを思いっきり扱いで走り抜けたのも、今では笑える話である。

他にも思い出があるのだが、また次に機会にお話したい。


中野刑務所跡の門…中野区新井3丁目37番 法務省東京矯正管区内
             西武新宿線・沼袋駅より徒歩8分


             

次回は、『中野駅』を予定しています(^-^)

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